研究テーマ

研究テーマ: 1)「アフリカの牧畜社会における開発・移動性・アイデンティティに関する研究」

OLYMPUS DIGITAL CAMERA北ケニア地域は、国家形成の過程で辺境化されてきた歴史をもち、また、つよく乾燥しており旱魃が頻発する土地生産性が低い地域です。この地域に居住する人びとは、家畜を媒介にして利用可能なエネルギーを獲得する遊牧に依存してきました。これまで遊牧という生業は高い移動性の維持と相互扶助のネットワークによって維持されてきました。しかしながら、市場経済への統合、学校教育の普及、国家の司法・立法・行政システムへの包摂、開発計画の実施といった外部からの影響を受けるなかで、北ケニア牧畜社会の生業のあり方は再編されつつあります。本研究は、この地域の牧畜社会における生業の再編過程を総合的に解析し、今後の開発=発展の方向性を示すことを目的としています。

アリアールは、ウシ牧畜民サンブルとラクダ牧畜民レンディーレの共生関係のなかで形成された集団です。複数の民族や集団が離合集散する歴史をもつ北ケニア地域では、こうした複合的で重層的なアイデンティティをもつ集団の存在は一般的です。複数の民族の混成集団であるアリアールの遊牧生産は、父系親族だけではなく姻族および他の集団・他民族の成員との互酬的関係によって成立していました。こうした傾向は、開発プロジェクトの影響で形成された調査対象地の集落においてとくに顕著で、これまで町に住んでいたアリアールやレンディーレの世帯が牧畜セクターに再参画するための受け皿となっていました。また市場経済への統合は、小家畜(ヤギ・ヒツジ)の経済的価値を高めると同時に牧民同士の家畜の交換を活性化させていました。その一方で、牧畜民の定住化によって土地や水場といった資源の囲い込みが進行し、さらに近年の民族主義の台頭によって、これまでは複合的・重層的だった牧畜民のアイデンティティが固定化しつつあります。こうした傾向は、これまでアリアールの遊牧生産を支えてきた越境的な家畜の交換や遊牧的な移動、そして集落間の移住を制限する要因となっています。すなわち、牧畜社会の今後の開発=発展のためには、北ケニア牧畜社会の歴史的な展開のなかで形成された他集団との互酬的関係の維持が重要であると考えています。

 

研究テーマ: 2)「長期化難民の文化・社会・アイデンティティの再構築と開発に関する研究」

DSC00125この研究は、アフリカの難民が直面している「難民状態の長期化(Protracted Refugee Situations)」にかかわる諸問題を、難民の生活現場から理解することを目的としています。

「難民状態の長期化」への対処は、サハラ以南アフリカにおける難民問題の中心的な課題のひとつです。難民発生の原因となった紛争・戦争の多くは長期化しているし、政治・経済的基盤が脆弱なアフリカの国々は、難民の受け入れに消極的であるため、難民たちは帰郷することも、受け入れ国や第三国に再定住することも認められない。その結果、多くの難民が、国民国家の一員としての諸権利も付与されないまま、異郷の地に宙づりにされています。しかも、これまで難民とは「一時的な状態」として考えられてきたため、「緊急性の高い人道的支援」の対象にすぎませんでした。難民たちは、こうした苦境のなかで生活を再建することを長期にわたって余儀なくされてきました。こうした状況をうけて、「難民問題」を「長期的な視野に立った開発の問題」として捉える視点の必要性が指摘されています。

帰郷も、再定住を認める第三国の発見も難しいという現状から、「難民の移住先への定着の支援を通じた受け入れ国の開発プログラム(DLI: Development through Local Integration)」が注目されています。しかしながら、「難民の地域社会への統合」を実現するために、いかなる開発援助が必要とされるのかについては、いまだ明確な答えが出ていません。というのも、これまで『難民』とは「一時的な状態」として考えられていたために、「長期的な視野に立った開発」の対象として考えられてこなかったためです。

アフリカで長期にわたって難民生活を余儀なくされている人びとをとりまくこうした状況をうけて、この研究は、難民が居住する生活空間において、1)他の難民や地域社会の人びとと社会関係を構築し、2)故郷でおこなっていた文化的実践を継続・変更させ、3)文化や民族アイデンティティを変更する、といった実践を、困難な状況において生活を再編するための創造的な実践として評価し、その様態を解明することを目的としています。また研究成果を、難民の受け入れ国定住のために実施されるべき開発=発展計画を策定するために必要となる基礎的資料として関係機関に提供することも目的のひとつです。

 

研究テーマ: 3) 「漁業の産業化が漁民と自然の関係に与える影響に関する研究」

潮干狩り沖縄県の小離島・久高島を対象に、高度経済成長にともなう就労構造の変化や、漁撈技術の近代化、漁業の商業化といった、漁業をとりまく社会経済的な変化が、漁民と自然との関係にあたえる影響に関する調査・研究をおこなってきました。漁民を取り巻く社会経済的な変化にともない、伝統的な漁撈活動は『産業としての漁業』へとシフトしつつあります。『産業としての漁業』は1)機械化、2)設備投資額の増大、3)商品経済化などの特徴を備えた漁撈活動です。

漁撈民を対象にしたこれまでの人類学的研究においては、『産業としての漁業』は人-自然関係の『希薄化』をもたらすと理解されてきました。そこで本研究は沖縄県久高島においてUターンした若者たちによって実践される新たな漁撈活動の記述・分析を通じて『産業としての漁業』における人-自然関係を再検討しました。

沖縄県久高島では1980年代以降、伝統的な漁撈活動にかわり『産業としての漁業』が活発化し、それにともない多くの若者たちがUターンしていました。久高島における多くの地元の若者のUターンは『産業としての漁業』の導入によって可能となりました。Uターンした若者は、当初は自然環境についての知識や経験は浅かったものの、漁撈活動を継続するなかでそれらを獲得していました。また若者たちは利潤は少ないもののコストも少なく比較的安定した利益を得ることができる在来の漁撈活動に支えられつつ、経済的リスクをともなう試行錯誤を繰りかえすなかで、創意にみちた新たな漁法を構築していました。

すなわち、濃密な人-自然関係とは、目の前に広がる自然環境と、もてる技術、周囲の社会環境を統合して『いまここにいる自分』に最も適するような新たな自然との関係を探ろうとする人びとの姿勢のなかに立ち現れると考えています。

 

研究テーマ: 4) 「文化人類学的フィールドワーク教育法の開発」

IMGP0066一般的にフィールドワークは、統制された環境で起こる現象を観察する実験とは異なり、統制されない環境で起こる現象の観察を基盤とする。それゆえフィールドワークは、自然科学と人文・社会科学の両方で実施されていますが、その目的や方法は学問分野によって異なります。この100年間、文化人類学者らは自分たちの学問的なアイデンティティのひとつをフィールドワークに求めてきました。しかしながら、現在は複数の<フィールドワーク>が併存している状況であるため、文化人類学的なフィールドワークの特性や意義を「現場に行くこと」だけで説明することはできません。この研究の目的は、大学で実施する文化人類学的なフィールドワーク教育の事例をもとに、複数の学問分野を背景にしたフィールドワーク教育実践が併存する状況で実践される文化人類学的なフィールドワークの意義や特徴について考察することです。

そもそも文化人類学の目的は、多様性を特徴とする人類の特徴(普遍性)を理解することにあり、異文化理解(個別性)はその手段にすぎません。そして異文化理解は「異文化は学ぶ価値のある対等なものである」という文化相対主義的な立場をとることによって可能となります。

たしかに観察はあらゆる科学的発見の基盤をなす行為です。ですが文化人類学的なフィールドワークの特性は、対象を客観的に観察することよりもむしろ、観察者の主観をも交えつつ浮かび上がるある種のリアリティを粗づかみにするという点にあります。

徳島大学学生の約7割が地元出身者で、その多くが地元の行政や企業に就職します。学生が暮らしを続ける徳島には広大な農村部がひろがり、過疎・高齢化等の社会問題が顕著です。こうした状況で実施されるフィールドワーク教育の使命のひとつは、ジモトの大学に通う学生が、自分がこれまで暮らしてきた場所を異なる目線で見直す機会を提供することにあると考えています。言い換えれば、<文化人類学的なフィールドワーク>の魅力は、フィールドで出会う教員・学生・地域住民・行政・企業といったアクター同士が、異なる価値観を認めあいながら新たな価値を創出する過程に参与することにあるでしょう。

 

研究テーマ: 5) 「徳島県南部における津波災害リスクに対する住民の認識と対処」

OLYMPUS DIGITAL CAMERAこの研究の目的は、東日本大震災以降に発表された南海トラフ巨大地震津波予測という新たな災害のリスクが徳島沿岸部に与えたインパクトについて検討するとともに、そうした災害リスク状況に対する地元の大学の関与ありかたについて考察することです。

従来の災害に関する人類学的研究は、災害に対する人びとのリアクションのなかに、その社会や文化の特性を見出そうとしてきました。さらに近年では、人類学者が問題解決のために積極的に介入し関与すべきであること、そして、人類学者自身が問題に巻き込まれながら、対象とする人びとや地域が矛盾や葛藤や利害対立のなかでダイナミックに変動する過程を記述する方途を探るべきであるという主張もなされています。そのようななかで、近年ますます地域への社会貢献を求められている地方大学の人類学者は、東日本大震災以降の南海トラフ巨大地震新想定をめぐるリスク状況にどのように応えるべきなでしょうか

徳島県は南海トラフ巨大地震にともなうこれまでの被害予測を抜本的に見直しました。その結果、一部の地域では20mを超える津波の到来が新たに予測されるにいたりました。新想定の発表以降は、この未曽有の災害リスクに何らかの対処をおこなうことが行政や市民社会そして大学にとっての急務となりました。この研究では、新想定が露わにした新たな災害リスクを地域の人びとがいかに認識し、どのように対処しようとしているのか検討します。そして災害リスク対処にかかわる地域の智恵について学びます。

 

研究テーマ: 6) 「徳島西部地域における在来農業システムの再評価」

上剪宇試験区過剰な森林伐採、過放牧、過耕作そして傾斜地での誤った土地管理による土壌の劣化を防ぎ、持続的な農耕をおこなうことは、世界の農業が直面する課題です。それゆえ途上国の農村開発にかかわる農学者や開発実務家は、それぞれの環境・文化・社会・経済的な文脈のもとで土壌の生産性を維持するために多くの努力を払ってきました。

徳島西部の山間部では、斜度が25度以上の極急傾斜地(steep slope land)において持続的な農耕が営まれてきました。こうした急傾斜地においては重力や風雨による土壌流亡が発生しやすいのですが、人びとは①採草地で採集した敷草(コエグロ)の施用、②等高線農業、③伝統的な農具による流亡土壌の回復によって土壌流亡を防止してきました。また、この地域はアワ・ヒエ・アズキ・ダイズ・ソバ・コキビ・タカキビ・トウモロコシといった雑穀の多様な品種が残されている遺伝子のフィールドミュージアムでもあります。

徳島西部山間部は、上記のような伝統的な農耕システムが近代化のなかで変化しつつも、土壌流亡を防ぎ、生物多様性および人びとの生計維持をささえる高いレジリエンスを示している貴重な事例です。土壌の劣化が起こりやすい急傾斜地において育まれてきた智恵をまもり、次の世代に伝えるとともに、世界に紹介することは、人口爆発に直面している人類の自給的な食料生産という課題解決にも大きく寄与すると考えられます。そのために、世界農業遺産への登録申請やグリーンツーリズムの振興に向けた活動をおこなっています。